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父23回忌追悼ブログ最終回 「 親父のおかげ 」


私が今、現在の生活が出来ているのも親父のおかげです。親父は47歳の時、体の不調を訴え診察の結果、骨髄腫白血病、余命5年であった。その時から私の考えが変わった。一日、一日弱っていく父を見ながら、如何してあげたら安心して、安らかにその時を迎える事が出来るのかいつも考えていた。後に残る家族の事、心配は限りなく有る。病名も本人には告げず、いつかは良くなると言い続けるが悪化していく。私は父になにが出来るのか、無い頭で考え過ぎる程考えた末、出た答えは私自身が一級建築士の免許を習得し、残る家族の生活を安定させる事だと思い。1年半後にある試験に向けすぐ実行に移した。だが日々の生活費、入院費、今の給料だけでは当然足らないのでアルバイトする以外ない。人間やろうと思えばやれるものだ、朝5時に起き2時間勉強して会社に出勤、8時から夕方5時まで仕事をする。ただ、休み時間、車での信号待ち時間も本は離さなかった。帰宅して午後6時から深夜12時まで図面のアルバイト、12時から2時まで勉強、その繰り返しを1年半続けた結果、免許をいただく事が出来た。その時期、父親の状態も良く一時退院して来ており、喜ぶだろうと思い合格した事を話したが、少し喜んだぐらいで話は終わった。次の日、朝早くから父親の姿が見えない、車で出いったようだ。何処に行ったのか心配していると親戚、知人、近所の人達からの御祝いの電話がかかってくる。なぜ知らせてないのに分かったのかを尋ねると、朝早く父親が来て息子の合格の事を嬉しそうに話して言ったと。私はそれを聞き受話器を握り涙したのを覚えています。24歳の時でした。

   * 追伸  その2年後、53歳で天国へ旅立ちました、家族全員と手をつなぎ。

今週の私の好きな詩  * やれなかった、やらなかった、どっちかな。

* (相田みつを作品集、ヨリ)
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【2010/02/15 13:10】 | | | コメント(0) | page top↑
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