私は会社を終えていつもPM8時頃帰宅し、妻や子供達が向かえてくれる。先日、妻が夜用事が有ると言うので私が早く帰る事になっていて、子供達の帰りを待っていた。PM6時頃高校生の娘が帰って来た。娘は何かしら家の中を見渡しながら私の顔を見て、「あれ、おかあさんは居ないの」その10分後、今度は息子が帰って来るより早く、私の顔を娘と同じように見て、「おかあさんは?」と、ちょっと待てと私は言いたい。ここにお父さんが居るじゃないか、まずはお父さんただいま。が先だろうと、そういえば子供達がまだ幼い頃、母親が側にいないと「おかあさん、おかあさん」と、いつも泣いて母親を探している姿を思い出した。一回として「お父さん、お父さん」と、泣いて私を探してくれた事は無い。以前ブログで鹿児島の知覧特攻記念館に行った時の事を書いた事があるが、その時も17~20歳まだ若い特攻隊員が最後に親族に宛てた手紙の中の多くは、お母さん、母上様とつづられた手紙だった。それは何十年、何百年過ぎても変わらないと思う。母を思う子供それ以上に、子を思う母の
思いは父親がいくら頑張っても足元にも及ばない。私自身、父親を早く亡くしたせいか、80歳を過ぎ丸くなった母の背を見ると、小さく、いとおしく見える。
今週の私の好きな詩 *「 にんげんだもの 」 *(相田みつを作品集、ヨリ)